2018年9月15日、トクマルシューゴのキャリア史上初となるオーケストラとの共演コンサートが開催される。

 アルバム『TOSS』でもコラボレーションを行った上水樽力の指揮による13人編成の管弦楽団との共演は、単なるポップスとクラシック音楽の融合という次元を超えた、めくるめく音楽世界を聴かせてくれるに違いない。
国内外を見渡しても稀なるオリジナリティを湛えたこの二組による共演は、音楽シーンだけにとどまらない大きなトピックスと言えるだろう。

 異なるフィールドで活動しつつもその特異な音楽観で共鳴し合う両者がどのように出会い、刺戟を与え合ってきたか。今まで語られることのなかった上水樽の経歴を紐解きつつ、来るコンサートに向けて語り合った注目の対談をお届けしよう。

・・・・・上水樽 力(うえみずたる ちから)ってどんな人?・・・・・

——まずは上水樽さんのプロフィールに迫ってみたいと思います。最初に音楽に接したのはいつでしたか?

上水樽:音楽を演奏するより前に、音楽教室でのレッスンの記憶が初めにあります。

——いくつくらいのことですか?

上水樽:3、4歳の頃だったと思います。初めは音楽教室がどんな場所なのかもわかっていなかったと思います(笑)。楽器以前に、色んな教材をいじっていたのを覚えています。

トクマル:楽器の演奏を学ぶっていうよりも「音楽と遊ぶ」みたいなところから体験させていくところも多いみたいですよね。

上水樽:自分でもピアノを本格的に習いたいと思ったのは別のきっかけがあって、それは小学校入ってからですね。

——演奏会などに行って?

上水樽:いえ、母親が昔ピアノを習っていたこともあり、家にあった楽譜に付属していたCDを聴いたことがきっかけです。音楽教室だと普通「ドミソ」でできた簡単な曲を弾いて、バイエルを習ってという世界なんですが、あまり面白みを感じられなくて。そんな時そのCDで聴いたショパンの「幻想即興曲」(*)に全身に衝撃が走るほど感動したんです。それで「自分でも演奏してみたい!」と思って。

*ショパン:幻想即興曲嬰ハ短調作品66 ♪

——ではそこからは、クラシック・ピアノ一本で?

上水樽:本当はそうしたかったんですけどね。けれど中学受験のために塾に通うことになって……。親としても、子供によくある一過性の熱中じゃないかと思ったんだと思います(笑)。結局一般の私立中学校に進学したんですが、それでもやっぱり「自分は音楽をやるためにここにいるんだ」と思い込んでいました。

トクマル:でもクラシックでプロを目指すとすると、結構な練習量が必要じゃないですか?

上水樽:実はその頃挫折したこともあったんですよ。それまで埼玉に住んでいたんですが、中学進学に合わせてクラシック教育が盛んな千葉に引っ越してきて。それまで「俺が一番だ」くらいに思っていて、コンクールで生意気にリストの「ラ・カンパネラ」を弾いたんですが、見事予選落ちして…(苦笑)。全然基礎が出来てなかったということに気付いて、高校に入ってから基礎を練習し直しました。

ピアノを弾く上水樽
ピアノを弾く上水樽力 Photo : Manabu Shibuya

——大学については、音楽系の大学を受けるんだという意思はあったんですか?

上水樽:音楽自体は好きだったけどその中で本当にやりたいことが見つからなくて。吹奏楽をやっていたのでせめて吹奏楽が盛んな大学にいくかと考えてたんですが、それでもモヤモヤがあって。芸大の楽理科にも興味はあったけれど、あまり音楽の歴史を勉強したいという感じでもなくて、ピアノ演奏にしても器楽科を受験するほどでは無かった。その時たまたま「音楽環境創造科」という学科の存在を東京芸大のホームページで知って、色々幅広いことができそうだと思って受験したんです。

トクマル:普通の学部との大きな違いって?

上水樽:音楽自体を創造するのも有りだし、音楽のある環境を創造することも有りという感じなんです。当初自分もアート・マネジメントが学べるゼミに興味を持っていました。

トクマル:やっぱり全般的にはクラシック寄りのことが多い?

上水樽:そういうわけでもなくてジャンルも様々です。アート・マネジメントを志望したのも、様々な音楽に触れてみたかったからでした。それまで音楽といえばずっとクラシック一本だったのですが、一般的に見たらニッチな存在のクラシックをもっと多くの人に届けたいと思ったときに、じゃあ逆に他のジャンルの音楽は自分に届いているだろうか?と思って色々な音楽ジャンルの人がいる音楽環境創造科を選んだというのがあります。実際学部に入ったあと改めて専攻を選べるという制度だったんですが、アート・マネジメントをやるつもりが、これはちょっと説明が付きづらいんだけど……何故か「あ、作曲やろう」ってなったんです(笑)。

——本当は作曲がやりたかったっていうのが無意識下にあったのかしら?

上水樽:そうですね。ずっと憧れはあったんですね。

——学部在学中は19世紀以前のクラシックの作曲法を学んで、というような?

上水樽:そうでは無かったですね。作曲科と違って僕のいた学科はあまり縛りがなくて。それこそエイフェックス・ツインとか、スクエアプッシャーとかばっかり聴いていた人が同級生にいたし。

トクマル:それは意外な(笑)。

——それまでクラシック一本できた人にとっては刺激的な環境だった?

上水樽:そうなんです。その中で自分の興味がバッと広がって、他の音楽ジャンルを聴くようになりました。徐々にかつて持っていたクラシック至上主義も雪解けしていきました(笑)。

ピアノソリストとしてオーケストラと共演する上水樽(曲は他作:薮田翔一/風神雷神) Photo : Manabu Shibuya
ピアノソリストとしてオーケストラと共演する上水樽(曲は他作:薮田翔一”風神雷神") Photo : Manabu Shibuya
・・・・・・・・・・二人の出会い・・・・・・・・・・

——上水樽さんが現在作る音楽に強く影響を与えているものでもあり、トクマルさんの志向とも一致する点として、「トムとジェリー」などの昔の米国のアニメに付いていた音楽、所謂「カートゥーン・ミュージック」というのがあると思うのですが、そういった音楽とはどのように出会ったんでしょうか?

上水樽:芸大の横浜校舎にアニメーション専攻の学科があって、我々とコラボレーションする機会があったんです。僕が一緒にやった人はスラップスティック的な音楽を自分の映像に付けたいと言っていて。そこで参考として初めて「トムとジェリー」を見て「とんでもない音楽を作る人がいるぞ」って思ったのが最初でした。

ーーそういった音楽を研究してみたいと思ったのは?

上水樽:大学院での研究課題を何にしようか考えていた時、「トムとジェリー」の音楽(*)を作っていたスコット・ブラッドリーのことが頭に浮かんで。ものすごく高度な音楽なんだけど、あまりアカデミックにそのあたりがまとめられていなかったので、何が凄いかをきちんと説明したくて研究を始めたんです。

*Tom & Jerry Soundtrack ♪

——トクマルさんと上水樽さんが知り合ったのはそれくらいの時期ですか?

上水樽:ちょうど大学院の修士課程を修了する頃ですね。

——トクマルさんが上水樽さんのことを知ったきっかけは?

トクマル:「Poker」のミュージック・ビデオを水江未来さんと作っている時、中内友紀恵さんという作家の方が共同制作してくださったんです。それをきっかけに中内さんの作品を拝見したんですが、彼女の作品(*)に付いていた音楽がめちゃくちゃすごくて「いったいこれは誰が作っているんだ!?」と思ったのが最初です。「この音楽の作り方はカートゥーン・ミュージックに精通してないと出来ないやり方だ」と思って驚きました。

**I'm here(中内 友紀恵 / Yukie NAKAUCHI)♪

——既存曲を使っているわけでなくて、現代の作曲家が作っているというのに驚いた?

トクマル:そう。日本でそういう音楽を作っているっていう人はほとんどいないだろうから、初めは外国のアーティストなのかなと思ったんですけど、その中内さんにメールで誰なのか訊いてみたら「この人です」と返信が来て。日本の人だというのにも驚いたし、なおかつ名前が読めない(笑)。しかもカートゥーン・ミュージックを芸大で研究している大学院生だと聞いて更にびっくり。そんな人いるんだっていう。

——上水樽さんはトクマルシューゴという音楽家の存在は知っていた?

上水樽:はい。学科の友人にも知っている人は沢山いましたね。

これまでの作品群の楽譜(一部)
これまでの作品群の楽譜(一部)
・・「こんなに好きにやって良いんだ(笑)」〜二人の共同作業〜・・

——初の共同作業としては、2016年2月に恵比寿リキッドルームで行われた「チャネリング・ウィズ・ミスター・ビックフォード」(*)での演奏になりますか?

*宇川直宏によるキュレーション、ニューディアーpresentsによって開催されたイベント。伝説的な米アニメーション作家ブルース・ビックフォードの作品上映に合わせて、トクマルシューゴ×上水樽力チェンバーミニオーケストラを始めとして、坂本慎太郎+菅沼雄太+ AYA(OOIOO) 、smallBIGs(小山田圭吾+大野由美子)、 EY∃など個性的なミュージシャンが演奏を行った。

トクマル:アルバム『TOSS』を作り始めた頃だったし、なにか一緒に出来ればと思っていたんですが、ちょうどこのイベントのオファーも重なったので、とりあえず一緒にやってみたら面白いかもしれないと思ったんです。

——実際に共同作業をやってみてどういう印象を持ちましたか?

上水樽:作曲家とのコラボレーション的なこと自体をしたことがなかったので、とても新鮮でした。

トクマル:一般的に作曲家同士のコラボレーションって、完全に一緒に作るというのは難しいから、互いにフォローしながら進める形になるんですが、上水樽くんは柔軟性がすごく高かったので、どんなやり方でも出来るかもしれないなと思いました。おそらくイベントの他の出演者はみんな即興で音楽をつけていくだろうなと思ったから、じゃあ我々は思い切り作り込んでやれ、と(笑)。

上水樽:本番まで作業期間が一ヶ月くらいしか無かったんですよね(笑)。


トクマルシューゴ×上水樽力チェンバーミニオーケストラ ダイジェスト演奏映像

——そしてその後トクマルさんのアルバム『TOSS』収録の「LIFT」(*)へ管弦楽アレンジと演奏で、加えて「CHEESE EYE」では共同作曲としても上水樽さんが参加されました。どんな作業でしたか?

上水樽:まず、こんなに好きにやって良いんだという驚きがありました(笑)。

トクマル:所謂うたものにホーンやストリングスをコード的に重ねるっていうのはよくあると思うんです。そういうのも嫌いではないんですけど、彼はそうはしてこないだろうなという確信はありました。「自由にやってくれ」とすら言わなくても多分自由な感じになるだろうと(笑)。

——実際にアルバムを聴くとよく分かりますね。正攻法でカチッとしたアレンジにしようとしたらああはならないだろうな、という。上水樽さんは自分の中に常にそういったチャレンジ心があるんでしょうか?

上水樽:そうですね。トクマルさんとの仕事の時は特にあると思います(笑)。

トクマル:ぶっ飛んだことも出来るだろうし、一方で抑えることも出来るだろうと思う。僕もリクエストされたものに答えるのは得意というか、器用なタイプではあるんですが、上水樽くんもおそらく同様で、しかもタガを外したいときもある人だと思うしそれが得意でもある。他の人の曲を聴いて「こうしたらどうだろう?」って思い付いてしまう人なんだろうなと思います。新しいものを作るということにおいては、そういう志向ってとても重要だと思う。

ーーそういうアティチュード的な意味も含めてシンパシーを感じる?

トクマル:そうですね。シンパシーを感じるし、末恐ろしくもある(笑)。

上水樽:聴いていると色々やりたくなってきちゃうんですよね(笑)。「トクマルさん本当はこういう事考えているんじゃないかな?」って思って、それをやりたくなってしまうんです。

——トクマルさんと上水樽さんの音楽へ共に感じるのが、「こういう音楽だからこういう音をここに置いて」みたいな固定的な発想ではなくて、白紙のキャンパスがあって、そこにあらゆる音を自由に置いていく感覚だと思います。聴き心地としては決してトゲトゲしいものじゃないんだけれど、非常にスリリングという……。

トクマル:これまで辿ってきた道や、具体的な音の置き方や楽器の使い方は違うだろうと思うんですが、いざ音楽にしてみると交差する部分もあるんだと思う。

——方法論は違えども、目指すものが近い、という。

トクマル:そう。すごく面白いな思います。「何故ここで交差するんだろう」という不思議さがある。


Shugo Tokumaru (トクマルシューゴ) - Lift (Official Music Video)

・・・・・・・・・様々な音楽要素を取り込む・・・・・・・・・

——その交差する点がやはりカートゥーン・ミュージックということなのでしょうか。技法的にはどんな要素を取り入れたんでしょう?

上水樽:結構前衛的なこと、いわゆる現代音楽的なこともやっていますね。

トクマル:僕がカートゥーン・ミュージックを作る人達に敬意を抱いているところは、現存する手法を手当たり次第使うということです。現代音楽の手法以外にも伝統的なクラシックの手法、現代のポップスの手法、それらをツマミのように自由にいじっていく感じ。悪く言えば節操が無いってことなのかもしれないけど、よく言えばとても柔軟で、全く新しいものに昇華してる。本人たちにどこまで革新的なことをやっている自覚があるかは分からないんですけど(笑)。

上水樽:ある意味オマージュ的。単純に「この音いい!」って思ったら気軽に持ってくる感じだと思います(笑)。 元々アート・マネジメントを志しつつ、その後作曲に転向するっていう自分の関心も、結局色んな音楽に触れたかったっていうのが通底していたんだと思います。

・・・・・・・・9/15のコンサート本番に向けて・・・・・・・・

——トクマルさんにとっても上水樽さんにとっても9/15の共演コンサートのような機会は初だと思うのですが、本番に向けてどんな準備をしていますか?

上水樽:今アレンジを考えているところなのですが、やりたいことが多すぎて精査していっている感じです(笑)。『TOSS』で参加した曲以外のトクマルさんの楽曲も一緒に演奏できればと思っているんですが「この曲のこの音をどうやってオーケストラで表現してやろう」ということを考えながらやっています。オーケストラ的な常識では考えられないことをどうやって表現していくか。

——トクマルさんは今上がりつつあるアレンジを聴いてどんなことを感じていますか?

トクマル:本当に半端じゃないです!これは自信を持ってそう言えます。今まで僕のライブを見てくれていたお客さんにとっても最も衝撃度が高い内容になると思います。その凄さをなかなか言葉にしづらくて……実際に観ていただくしか無いかなと(笑)。でも、そもそも、オーケストラとの共演っていう考えは元々僕の未来予想図には無かったんです。

——そうなんですか。

トクマル:自分のソロは細々と演るっていうイメージがあったのでオーケストラがまったく結びつかなかったんですけど、やりたいなと思ったきっかけが二つあって。一つは、エンジニアのzAkさんと「Rum Hee」の録音とミックスをやったとき、zAkさんが「トクマルくんがオーケストラと共演している夢を見て、それが凄かったんだよね」って言っていて(笑)。そしてもう一つのきっかけが、その後、上水樽くんと出会ったこと。彼となら、自分の楽曲が自分も予測不能のすごいことになるだろうなって思えたんです。

——おそらくこういう形のコラボレーションは、国内外見渡しても例が無さそうですよね。

トクマル:ユニークなものを演奏する現代音楽のオーケストラはいるとは思うけど、うたもののバンドにユニークなオーケストラアレンジを交えてっていうのはあまり聞いたことがないですね。

上水樽:バンドが奏でる音との間にかなりの自由度があっていいかなと思っています。僕が作る管弦楽のアレンジに対してトクマルさん側からも更に攻めてくると思うので(笑)。

ーーそういったフィードバック効果も楽しみですね。

トクマル:事前のリハーサルで合わせてみていく中でも色々アイデアが出てくると思います。

——オーケストラとの共演というと、ゆったりリラックスした感じをイメージしている方もいるかも知れないけど、むしろ丁々発止の刺激に満ちたものになりそうですね。

トクマル:とは言えども、あまり身構えずに……(笑)、是非気軽に足を運んでほしいですね。

——とても楽しみにしています。今日はありがとうございました。

スペシャルライブの詳細とトクマルシューゴ/上水樽力のプロフィールなどはこちら
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