—まず、「kauai hirótomoってどんな人?」ということに迫っていければと思います。最初に音楽に触れたきっかけは何だったんでしょうか?
kauai hirótomo(以下 kauai): 特に音楽に囲まれた家庭環境でもなかったんですけど、4歳くらいのときに、家にあったおもちゃのキーボードに触れたのがきっかけだったと思います。そのキーボードにプリセットでフランク・シナトラの曲が入っていたんです。それを鍵盤でなぞるのが楽しかったんです。
—それはまた早熟な趣味ですね。学校の音楽の授業も好きだった?
kauai: はい。音楽の時間が一番好きでした。家に帰ってその日習った曲の上に色々なハーモニーをキーボードで重ねて、それを録音したりしてました。譜面にもその頃から親しんでいった感じですね。そこまで本格的にはやりませんでしたが、ピアノの教室にも通っていました。
—ドラムを始めたのはいつ?
kauai: 本格的にドラムを始めるのはもっと後になってからなんですけど、小学校の頃地域の和太鼓教室に通っていて、そこで打楽器に触れたのが大きかったですね。体全体にドンドンくる迫力とか、リズムの魅力にハマって…。
—自覚的に音楽を聴くようになるのはいつくらいから?
kauai: 同じく小学校の頃、兄のmp3プレイヤーを勝手に持ち出して、そこに入っているスピッツやゆず、ブルーハーツを聴いたのがきっかけですね。流行り物のJ-POPも聴いてました。オレンジレンジや、宇多田ヒカル…。あと、父親の車の中でザ・バンドの『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』(68年作)がひたすらかかっていたのをよく覚えています。
VIDEO
The Band ‘Tears of Rage’
—へえ。お父さんはロック好きだったんですか?
kauai: それがそういうわけでもないんですよ。普段はあまり進んで音楽を聴くタイプでもなくて。父がアメリカに居た時期があって、そこでたまたま『ビッグ・ピンク』を手に入れて持って帰ってきたみたいで(笑)。
—そんなたまたまあるんですね(笑)。
kauai: 本当ですよね(笑)。カーステからいつも必ずといっていいほど流れていたので、子供の頃はうんざりしてました(笑)。なんだかオジサン臭くて地味だし、退屈だなあって。
—まあ小学生の頃ならそう感じてもしょうがないですよね(笑)。バンド活動みたいなこともやっていましたか?
kauai: 中学3年くらいからやっていましたね。友達の家にドラムがあったので、そこで練習して。Janne Da Arcとかテクニカルなヴィジュアル系が周りで流行っていたので僕も演った記憶があります。
—へえ、意外な。いわゆるオルタナティブなものにはいつ触れたんでしょう?
kauai: アジアン・カンフー・ジェネレーションをきっかけに日本のオルタナティブロック的なものに惹かれていって。高校時代はそういう音楽のコピーバンドをやってました。その時はベースやギターもやっていましたね。
—すでにその時点でピアノ、ドラム、弦楽器に触れているんですね。今のkauaiさんのマルチ奏者としての姿に繋がっていますね。
kauai: そうですね。なにかの曲を聴く時も、ドラムのパターンに集中するとかギターやベースラインを追っていくといった聴き方をしていくうちに、各楽器の持っている魅力に惹かれて、そのうちに色々な楽器を自分でもやってみたいなあと思うようになりました。一方で音楽全体のアンサンブルやアレンジにも興味を持って聴くようになったり。
ー大学では?
kauai: 名古屋にある大学に入ったんですが、自分の興味を広げたいなと思って沢山サークルに入ってみたんです。ビッグバンド系のところから、モダンジャズ系のもの、あとは軽音的なもの…。最終的には軽音だけになったんですけど。
—オリジナル曲の制作もそのあたりから?
kauai: そうですね。最初は家で一人作るというよりは、サークルの仲間とバンドを組んでいたので、みんなでセッションをしながら作っていった感じです。「今のところのコード進行が良かったからもうちょっと練ってみよう」みたいなことをスタジオでやりとりしながら…。音楽性としてはギターロック系でしたね。
—まだまだ今のkauaiさんの音楽性とは距離がある感じですね。
kauai: そうかもしれません。サークルとは別の友達でガチガチに洋楽ロック好きのやつがいて、彼にいろいろ教えてもらったのが大きいかもしれません。
—どんなもの?
kauai: 往年のロック系が主です。ビートルズを始めとして、それこそザ・バンドとか…。
—おお、そこでザ・バンドが再登場するんですね。
kauai: 『ビッグ・ピンク』を教えてもらったんですが、流した瞬間、「ああ!これ聴いたことある!」って。
—染み付いているから(笑)。子供の頃に聴いた印象とは違いましたか?
kauai : それが、その時点でもまだ良くわからなかったんですよ。うーん、やっぱりもっさりしているなあって(笑)。でも我慢して聴くうちにその凄さに揺さぶられていった感じですね。そこからリトル・フィートとかのルーツ系のロックを聴いたり。
ー今回のアルバムにも同名異曲(「Surf’s Up」)が収録されていますが、ビーチ・ボーイズを聴いたのもその頃?
kauai: そうですね。ビートルズもそうですが、往年の音楽のメロディーとハーモニーの美しさに魅せられた感じですね。その頃は世で名盤と言われているものを片っ端から聴く生活でした。キャプテン・ビーフハートやフランク・ザッパといったアヴァンギャルドなものも聴くようになったり…。
—ロック以外にも興味が広がっていった?
kauai: はい。特にジャズは熱心に聴きました。大学の時にロバート・グラスパーの『ブラック・レディオ』が出て、「何だ?このドラムは?」と衝撃を受けて。
VIDEO
Robert Glasper ‘Ah Yeah feat. Musiq Soulchild and Chrisette Michele
—リアルタイムのジャズが入り口になったんですね。
kauai: それをきっかけに、ジャズの名盤を古い順に聴いていこうと思って。同時に新しいものから徐々にさかのぼって聴いていって。最初のうちは「スウィング・ジャズやビバップとグラスパーの音楽がどうやって繋がるんだ?」と疑問だったんですが、いわゆるフュージョンや80年代のマイルス・デイヴィスあたりで「なるほど!こう繋がっているんだ!」と気づいてとても感動しました。その頃から、名盤ガイドなどを参考にして年代ごとに聴いていったり音楽地図を俯瞰しながら聴くという行為が好きになりました。
—今回のアルバムには重要な要素としてブラジル音楽や各種南米音楽があると思うのですが、そういった音楽とはどうやって出会ったのでしょうか?
kauai: ジャズ史を巡っていく中で出会ったウェイン・ショーターの『ネイティブ・ダンサー』ですね。冒頭に収録されているミルトン・ナシメントの曲‘Ponta de Areia’に衝撃を受けて。それまで聴いたこともない美しいメロディーで、「こんな幸せな音楽聞いたことない…」と。そこからブラジル音楽のディスクガイドを手に入れて、色々聴いていきました。
VIDEO
Wayne Shorter ‘Ponta de Areia’
—特に影響を受けたものは?
kauai: ジルベルト・ジルやカエターノ・ヴェローゾやといったMPBの大物も好きですし、エルメート・パスコアールやエグベルト・ジスモンチといったジャズに影響された鬼才も大好きです。それとやはり、ブラジル音楽にハマるきっかけになったこともあって、ミルトン・ナシメントらのミナス派の音楽にある内省的な美しさや浮遊感が大好きですね。大御所だとロー・ボルジェス、トニーニョ・オルタ、現代の人だとアントニオ・ロウレイロが特に好きですね。
VIDEO
Antonio Loureiro ‘Parto’
—どんなところが魅力なのでしょうか?
kauai: アントニオ・ロウレイロに限らずなんですが、現代の南米音楽作家は持ち前の語感の美しさや複雑なハーモニー、リズムの生々しさといった自国の音楽文化に限らず、隣国だったり欧米世界中のものを、音楽ジャンルを超えて上手く取り入れたり、グローバルな視点をベースにしているのが面白いですね。
—今作には、コンテンポラリーなアルゼンチン音楽に通じる美点も嗅ぎ取れます。
kauai: アルゼンチン音響派やネオ・フォルクローレと呼ばれるものまで、とても好きです。特に新世代タンゴ。サンティアゴ・シルミ、フェデリコ・シクスニス、ディエゴ・スキッシ…。
VIDEO
Federico Siksnys ‘Un once’
—自国の伝統に目を向けながらオルタナティブにそれを発展させようとする音楽というところで、やはりインターネット以降の「ワールドミュージック」ならではの魅力がありますよね。そういったポップス含めた様々な音楽遺産への俯瞰的な感覚というのはkauaiさんの音楽にも強く感じる面白さだと思います。
kauai: なるほど。
ードメスティックとグローバル感覚の相克ということを考えた時、そういった音楽表現の一つの起源とも言えるだろうバルトークによるピアノ曲を以前ライブでカバーしているのを拝見しましたが、あれこそまさに象徴的な選曲だなと思いました。
kauai: ああ、そう言われてみるとそうかも知れませんね。
—もう一つ、kauaiさんの音楽を作り上げている大きな要素に、ポスト・ロックというものがあるように感じました。そういった音楽は聴いていましたか?
kauai: 大学のサークルにポスト・ロック好きの人達がとても多かったので、僕も自然と聴くようになりましたね。日本のポスト・ロック系、特にtoeが人気だったんですが、そこからさかのぼってトータスの『TNT』を聴いて衝撃を受けて。リズムの面でもハーモニーの面でも、他ジャンルに広く開かれている感じにグッときて…。
VIDEO
Tortoise ‘TNT’
—今あらためて聴いても本当にエポックメイキングな名盤ですね。
kauai: そうですよね。僕が最も尊敬する音楽作品って、マイルス・デイヴィスの『ビッチェズ・ブリュー』とかもそうだと思うんですが、色々なものを混じり合わせながらオリジナリティを加えることで、それまでにどこにもない音楽を打ち立てたものなのですが、『TNT』はまさしくそういう存在ですね。
—自分の音楽を作るにあたってもそういった視点を大切にしている?
kauai: はい。それは強く意識していますね。
—大学時代のバンドを経ていよいよ現在に通じる自作に向かっていくという感じですか?
kauai: そうです。バンドが解散してしまって、いよいよ自分だけで曲を作らなければとなったとき、GarageBandを使ってほとんど自分で全ての楽器を演奏して作っていくようになりました。そういう作業にのめり込んで行く一方で、今でも複数の人達と共作をするバンドの形態もやりたいなとは思っているのですが。いろんなメンバーがいる方が、僕にとって大事な「様々な要素が混ざり合う」というのがうまくいくだろうな、というのもあって。
—その頃からあだち麗三郎さんはじめ様々なミュージシャン仲間と出会っていく感じですか?
kauai: はい。あだちさんについては、名古屋でのライブを観に行ったのがきっかけですね。名古屋のTHE PYRAMIDを観に行ったら、対バンであだち麗三郎クワルテットが出ていて、いいなあ!って思って。家に帰って音源を聴いてそこからハマって、名古屋に来るたび観に行っているうちに、色々お話をしたり僕の自作曲を聴いてもらったりして。そうこうするうちに2年くらい経って、「東京都で一人暮らしをしようと思うんですが、住むにはどこがお勧めですか?」ってあだちさんに訊いて、「中央線沿線がいいと思うよ」ってアドバイスをもらったり(笑)。
—そして、一念発起して東京に出てきた、と。
kauai: 東京都に引っ越してから1年位はまだあだちさんのバンドには加わっていなくて。最初のうちはローディー的にライブのお手伝いに行ったり、野球に誘ってくれたり(笑)。SNSでも繋がっていたので、僕の共有する好きな音楽だったり、最新デモ音源を聴いてもらったりといった日々が続きました。そして、ある日ご飯を一緒に食べた時に僕がビブラフォンを手に入れたいという話になって、あだちさんに「三鷹のハードオフに今ビブラフォンが売っているんだけど、それを買って一緒にやりましょうよ」って誘ってもらって、翌日すぐに買いにいって連絡しました。気にかけてくれているお兄さん的な感じの人ですね。今回のアルバムでもがっつりエンジニアリングや演奏で関わってくれて、本当に感謝しています。
—東郷清丸さんとはどういう出会いだったんでしょうか?
kauai: あだちさんに「自分でもアルバムを作ってみようと思っているんです」って話をしたとき、「じゃあ、マスタリングとかそういう作業も見ておくといいよ」って言ってくれて、あだちさんが関わっている清丸さんのデビュー・アルバム『2兆円』のマスタリング現場へ見学しにいったんです。そのあと、清丸さんがあだち麗三郎クワルテッットのワンマンを手伝いに来てくれて、そこで色々深く話せたり、あだちさんの推薦もあって後日サポート・メンバーとして誘ってくれた感じですね。それがちょうど去年の話。
—今回のアルバムには以前から作り溜めてきた曲も入っているんでしょうか?
kauai: はい。一番古いものだと、上京する前、2015年〜2016年に作ったものもあります。その時その時でとりあえず思いついた曲を作っていたので。最初は「この音楽とこの音楽を混じり合わせたら面白んじゃないかな?」というアイデアから曲作りをスタートさせた感じですね。だから、構成ががっちり決まった曲というよりコンパクトな曲が沢山できて、最終的には17曲入りというボリュームになりました(笑)。
—トラックメイカーによるビート集的な、いい意味での「断片集」という印象もあります。
kauai: ああ、そういう感覚は結構意識したかもしれないですね。同時にサントラ的なつくりのアルバムにすることも意識しました。
—一旦は昨年時点で全12曲という形でマスタリングまで終わっていたんですよね?レーベルや発売元が決まる前に完パケまでしてしまうのはなかなか斬新だなって思って(笑)。
kauai: それはいろんな人に言われましたね(笑)。
—TONOFONへ持ち込んでくれたのはどうしてだったんでしょう?
kauai: 愛知の岡崎でやっている『リゾームライブラリー』というイベントがあったんですが、そこで初めてトクマル(シューゴ)さんのライブをみて、とても感動したんです。で、作品もじっくり聴いてみて、すっかりファンになってしまって。去年とあるフェスへ清丸さんのバンドで出たとき憧れのトクマルさんも出ていたのですが、初めてお話することができてトノフォンを身近に感じることができました。アルバムの発売元について悩んでいる時、ちょうどトノフォンがトクマルさん以外のアーティスト第一弾として田中ヤコブさんのアルバムをリリースしていて。それを知って「これは面白そうだな」と思ったのがきっかけですね。
—そうだったんですね。僕はレーベル内部の人間なので、あまり手前味噌なことは言いづらいんですが(笑)、kauaiさんの作品を初めて聴いた時、トクマル氏がこれまで行ってきたオルタナティブとアヴァン、そしてポップスを混ぜ合わせるという創作活動をまた違った感覚で継承しているような音楽に聞こえたんです。
kauai: 具体的にトクマルさんの音楽を意識したということはありませんでした。けれど、何かを混ぜ合わせてアウトプットするというやり方や、楽曲の作り方の面で結果的に通じるものになっているのかなと思いますね。それはとても面白いなと思います。
—聴いてきたものとか、自分の音楽を作っていく上で何を美しいと考えるかといった、そういった根底的な部分での共振があるような気がします。
kauai: そうかもしれません。
—アヴァンギャルドなものとポップなもの、ノイジーなものと流麗なものを融合させたり、非常にスケールの大きいものとミニマムな要素を一緒にしたり、一般的には「別のもの」と思われているものを作品作りにおいて同居させるような…そういう意識はありますか?
kauai: はい、それはとてもありますね。違うように見えて実はどこか通じるものがある音楽要素を結びつけて、更に正反対のものを混ぜてみたり。それと、楽器という単位でも同様のことをしています。旧来の音楽観からは出会うはずのない楽器、たとえばチェロとエレピ、バンドネオン、ビブラフォン、バンジョー、シンセサイザーを併置してみたり、20年代の楽器と80年代の楽器を同居させたり。世界中の様々な時代の楽器を混ぜ合わせて「特定の国のこの時代」というのを脱したフィクションを組み上げるイメージですね。このアルバムがどこかの国の中古CD屋に辿り着いて、「どこの国のいつの時代の音楽なんだ?!」と思ってもらえたら最高です。
—そのあたりが一時期氾濫した壁紙的なポスト・ロック風の音楽とkauaiさんの音楽を大きく分け隔ている要因なのかなと思いました。単に心地よくて身を浸したくなるということに決して収斂しないマッチングの妙や、エッジとフックがある。
kauai: それは嬉しいですね。
—今回のアルバムは、なにかコンセプトやテーマはあるんでしょうか?
kauai: コンセプトは架空の森林都市で結成された室内楽団”Greenside Alternative Orchestra”が作ったアルバムという設定からスタートしました。その内容としては、明確なストーリーが存在するわけではないけれど、一曲一曲に物語がある連作短編みたいな感じというか…。フィクションではあるんだけれど、もしかしたら違う銀河で実際に繰り広げるられていることかもしれない、更にいえば、もしかしたらこの銀河で繰り広げられていることなのかもしれない…そんなイメージがあります。 「これが正解」という捉え方はないとは思っているのですが。
—なるほど。アルバムタイトルの『Another Galaxy』にはそういった意味があるんですね。例えば、どんな物語の曲があるんでしょう?
kauai: 「駆ける」を例に挙げるとすると…前半部分は登場人物が何かから追われてひたすら逃げている。わけも分からず哀しくて。後ろでは子守唄が聞こえている。走り切った後で突然自分が経験していないはずの太古の記憶が流れ込んでくる。そして次に、自らの幼少期の記憶が流れ込んできて、やがて暗闇から抜け出す。シーンが切り替わり、憂いを帯びた祝福の歌と共に赤ちゃん(自分自身)が生まれる。次の瞬間、雷が鳴り、急に空が晴れだし、憂いが光りに包まれる…。という産道を「駆ける」という物語になっています。
—すごく壮大な…。『2001年宇宙の旅』を思わせるようですね。SF作品もお好きですか?
kauai: そんなに詳しくはないですけど、好きです。子供の頃から手塚治虫の漫画が大好きで、そこからの影響が大きい気がします。音楽以外のものにインスピレーションを得て曲作りをすることもかなり多いですね。
—すごく身近に感じられるような響きを持った音楽だけど、一方で途方も無い距離感や雄大な時間の流れも感じる。生活に寄り添うようでいて、遠大な宇宙にも繋がっている、アルバムを聴いて、そんな風に感じました。
kauai: そういう想いを持ってくれたら嬉しいですね。でも、どういう聴き方をしてもらうかはその人の感じ方にお任せしたいな、と思います。
2019/7/31_インタビュー/構成:柴崎祐二